データから新しい視点を提起する 池田利道『23区格差』より
この本は東京23区(特別区)のいろいろな側面を切り取り、分析を行ったもので、東京都の特別区という同じ制度のなかにあっても、その間には「格差」があるということをデータを使って示したものである(2015年出版)。「格差」とはインパクトのある言葉であるが、様々な側面をもつ自治体の「特徴」とも言い換えられる。それぞれの自治体で良いところもあれば悪いところもある。
池田利道(2015)『23区格差』中公新書ラクレ
筆者は、23区がかかえる格差の要因を各区の政策だけに求めているわけではない。とくに、歴史的は背景を強調する。第4章で「通信簿」をつけているが、これはそれぞれのまちの特徴を述べているにすぎない。通信簿がこの本の本質ではない(評価をすると、それ自体が独り歩きしてしまうことがある)。
この本を読むと、筆者が東京の自治体に期待していることが伝わってくる。「東京自らが日本における都市の『生存モデル』を体現し、それを全国に向けて発信していく、勝者としての義務だ」という。いま現実的に東京の自治体に全国の基礎自治体のモデルとしての役割がどれほど期待されているかは別にして、筆者が東京23区に非常に期待を寄せていることは確かである。
この本は、前章から最終章まで全6章構成になっている。
前章
筆者は、東京とくに23区は、「多極化しているからこそ、様々な価値観を持った人々を惹きつけることができているのだ。」と述べる。「『23区格差』の中にこそ、東京のパワーの源泉が秘められているという事実が一層重みを増してくる。」と主張する。
第1章「23区常識の『ウソ』」
東京が現代社会の最先端、ある意味で基準外を走っているから、一般的な常識が東京には通用しないということを、(1)少子化、(2)高齢化、(3)下町と山の手、(4)定住、の4つの側面から考察している。
たとえば、少子化については、23区の合計特殊出生率は低いが、若い世代が東京に流入していることから子どもが増加していることをデータを使って示す。また、高齢化については、23区は人口流入が多いことから高齢化率が下がっているという。引っ越しをするのは基本的に若い世代が多いことから、流入は若い世代ということになり、必然的に高齢化率は低下するのだ。
これは逆を考えるとわかりやすい。地方都市において若者が東京に行ってしまうと、高齢者が残され高齢化率は必然的に上昇するということだ。筆者は高齢化の特効薬は新陳代謝という。転入率と転出率が高いことが高齢化率の上昇をおさえる、または低下させるという。ただし、個人的には地域コミュニティの活性化という側面からみれば、活発な新陳代謝はマイナスの影響を及ぼす可能性を否定できないと思う。自治体の政策はあらゆる面でトレードオフがある。
第2章「ニーズで読み解く23区格差」
ここでは、筆者は「子育て支援が厚い区は」、「病気になっても心強い区は」、「便利な暮らしができる区は」、「シルバーパワーがみなぎる区は」、「災害時にも安心・安全な区は」、「交通事故・犯罪リスクの低い区は」といった6つのテーマについて23区を考察する。
「子育て支援が厚い区は」、「災害時にも安心・安全な区は」、「交通事故・犯罪リスクの低い区は」の3つについてはそれなりに納得できる。ただ、「病気になっても心強い区は」、「便利な暮らしができる区は」、「シルバーパワーがみなぎる区は」の3つについては、それぞれ面積当たりの診療所数、商店街の活力、高齢者就業率が指標として示されているが、読者によっては多少の違和感を感じるかもしれない。
第3章「年収・学歴・職業が非凡な区、平凡な区」
東京の三高に関する考察である。筆者はこの東京の三高の要因を「緑」と「坂」にもとめる。両者ともなるほどと思える要因ではある。緑の多さと市民の生活満足度は一定の関係にあるという調査結果も多い。では「坂」はどうなのであろうか。筆者は、坂があると景観がよくなり、地価が上昇するという論理である。興味深い説である。ただ検証しようがないので仮説どまりという印象だ。坂が多いまちは地方都市に珍しくはないからだ。いずれの考察もデータを交えた考察なので、なかなか説得力がある。
第4章「23区の通信簿」
筆者自身がかなりの偏りがあると前置きしている通信簿である。筆者も断っているように総合的なものではなく、特徴を述べたものである。
- 新宿区 - カオスが生み出す光と影
- 渋谷区 - 企業依存の「いびつ」な文化
- 品川区 - 商店街に象徴される「お節介タウン」
- 港区 - 発展要素が集まる東京の“要”
- 世田谷区 - 「奥様文化」に足を取られるキャリアウーマン
- 目黒区 - ブランドタウンは財政難
- 中野区 - 開発しつくされたまちは若者をつなぎとめられるか
- 千代田区 - 江戸の遺産が成長の源
- 中央区 - 東京の未来を占う「成長モデル」
- 練馬区 - 東京の「田舎」というポジション
- 杉並区 - 一等区のプライドを脅かす存在とは
- 江戸川区 - 海抜ゼロメートルに負けない家族力
- 葛飾区 - 寅さんのまちは「次の一手」で決まる
- 台東区 - 東京を象徴するコンパクトシティ
- 豊島区 - 「消滅可能性都市」は本当に消えるのか
- 大田区 - 蒲田と大森、競い合う異文化
- 板橋区 - ヘソはないけど太い
- 墨田区 - 縁側にキラリと光る存在感
- 文京区 - 谷から丘へ噴き出すエネルギー
- 足立区 - 「犯罪多発区」の汚名返上なるか
- 江東区 - オリンピックで目指せ、第二の「渋谷」
- 荒川区 - 元祖ハイカラタウンを都電が走る
- 北区 - ひそかにねらう大逆転
最終章「住んでいい区・よくない区を見極める方法」
転入者が多く人口が増えている区は、同時に転出者も多いこと、仮に人口が増えていなくても、転出者が多く新陳代謝が活発であれば、まちの活気が維持されるという。最後に、筆者は「常識」とは逆に定住率が高い区こそ「負け組」に、定住率が低い区こそ「勝ち組」になっている。定住率の向上を錦の御旗のように掲げる研究者や政治家や行政マンは、この結果にどうコメントするだろうか、と述べる。ことを、
感想
さまざまなデータを活用して23区それぞれの特徴が示された興味深い本である。決して面白おかしく書かれた本ではない。データについては多少違和感を感じないこともないが、”これからの自治体は従来の「常識」にとらわれずに政策を考えることが重要だよ”という筆者の主張が伝わってくる本である。