スポンサーリンク




江戸川区の歴史

旧中川東京大空襲犠牲者慰霊灯籠流し

投稿日:

「第20回旧中川東京大空襲犠牲者慰霊灯籠流し」(平成30年8月15日)

この行事は、毎年8月15日に東京大空襲の被害があった旧中川の「ふれあい橋(平井3丁目)」付近で犠牲者を慰霊するもの。1999年から始まり2018年で20回目を迎えた。

灯籠流し(とうろうながし)は、死者の魂を弔って灯籠やお盆の供え物を海や川に流す行事。
※ふれあい橋は旧中川にかかる江戸川区と江東区を結ぶ橋。人と自転車のみが通行可能。

>>>旧中川について詳しく見る

旧中川灯籠流し 東京大空襲犠牲者追悼

毎年2000個以上の灯籠が流されるという。

画像 第20回旧中川東京大空襲犠牲者慰霊灯籠流し ふれあい橋付近

(クリックで拡大)

昭和20年3月10日の東京大空襲
爆撃機が町工場や住宅のひしめく地域に焼夷弾を降らし、2時間余りの爆撃によって辺り一面が火の海となりました。旧中川沿いの小松川・平井地区では約4万人が罹災。猛火に追われた人々が川に飛び込むなどして追い詰められ、旧中川では約3,000人の尊い命が失われました。
江戸川区公式ホームページから引用

江戸川区の空襲被害
昭和19年(1944)11月24日正午過ぎ、東京全域はB29約80機の空襲にあいました。江戸川区では春江町などに爆弾が投下されています。(中略)
江戸川区役所庁舎は昭和20年3月10日の東京大空襲で焼失し、都立第七高等女学校(現・都立小松川高等学校)の一部を仮庁舎として緊迫した中で日々の業務を続けました。
『江戸川区50年史』(p.7)より引用

>>>江戸川区役所旧文書庫について見る

灯籠流しの様子

ふれあい橋と東京スカイツリー。ふれあい橋南側から撮影。

画像 第20回旧中川東京大空襲犠牲者慰霊灯籠流し

(クリックで拡大)

画像 旧中川灯籠流し 東京大空襲犠牲者追悼

(クリックで拡大)

画像 旧中川灯籠流し 東京大空襲犠牲者追悼

(クリックで拡大)

画像 旧中川灯籠流し 東京大空襲犠牲者追悼

(クリックで拡大)

旧中川灯籠流し 東京大空襲犠牲者追悼

(クリックで拡大)

旧中川灯籠流し 東京大空襲犠牲者追悼

(クリックで拡大)

画像 旧中川灯籠流し 東京大空襲犠牲者追悼

(クリックで拡大)

旧中川灯籠流し 東京大空襲犠牲者追悼

(クリックで拡大)

旧中川灯籠流し 東京大空襲犠牲者追悼

(クリックで拡大)

画像 旧中川灯籠流し 東京大空襲犠牲者追悼

(クリックで拡大)

 

スポンサーリンク




-江戸川区の歴史

Copyright© 江戸川フォトライブラリー , 2018 AllRights Reserved Powered by STINGER.