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新川の歴史と風景(通運丸・千本桜・つつじ)

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新川の歴史と風景【江戸川百景47】

江戸時代

天正18年(1590年)、小田原の北條氏討伐の功労により、徳川家康に関東の地が与えられた。家康が江戸城(太田道灌が築城)に入ったのは8月1日。当時の江戸城周辺は一部を除けば大半が低湿地であった。家康は低湿地を利用して水路を築くとともに、海岸を埋め立て、江戸のまちをつくりはじめたのである。

寛永6年(1629年)、徳川家康の水路整備の一環として船堀川が開削され“新川”となった(道三堀・小名木川と同時期に開削)。新川は、利根川~江戸川~新川~小名木川~隅田川を結ぶ北関東や東北から江戸市中へ様々な物資を運ぶ重要な運河となり、沿川には味噌や醤油を売る店や料理店などが立ち並び賑わいを見せていたと記録に残っているらしい。とくに新川は行徳の塩を運ぶ「塩の道」として多くの人に利用された。江戸中期には成田詣での人々を乗せた行徳船が行きかっていたという。新川は江戸川(現在の旧江戸川)と中川(現在の旧中川)を結び、小名木川へとつながる重要な水路だったのである。

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旧江戸川の歴史と風景 江戸川水門と常夜灯

明治時代~

明治時代には、いくつかの運輸会社が新川~江戸川~利根川まで蒸気船を運航した。その後も昭和の初期まで新川は輸送路として活躍していた。大正初期の時刻表によると、当時の蒸気船「通運丸」の江戸銚子間の所要時間は18時間で1日2往復だったとの記録がある。しかし、江戸川や旧中川に橋が架けられ陸上交通が整備されたことから、昭和19年に蒸気船が廃止された。その後、周辺の地盤沈下により堤防を高くせざるを得なくなり、また工業排水や生活排水が流れ込むようになった。

昭和47年(1972)に新川の整備計画が策定され、昭和51年(1976)以降、下水道工事とともに整備が進められた。平成5年(1993)には堤防の撤去とともに環境整備工事がはじまり、現在の姿になったのである。現在の新川は、全長約3km、東水門から導水し、西側の排水機場で排水、水質浄化をはかり、水位を一定に保っている。

(注1)
かつて船堀川とよばれていた新川は、当初現在の新川橋付近までであり、そこから古川(現在の古川親水公園)を通って江戸川区つながっていた。寛永6年(1629)幕府は、船堀川の三角以西を掘り拡げ、三角から東の江戸川までは新たに陸地を一直線に開削した。もとの川を古川、新しい川を新川とよぶようになった。

(注2)
通運丸の詳細について、江戸川区教区委員会(2008)『江戸川区の史跡と名所』 p.136から引用する。

蒸気船通運丸は、廃業までに40隻近くが建造されています。第一通運丸は石川島平野造船所(東京都)で明治10年2月に竣工しました。全長72尺(約22m)、速力6ノット(時速約11km)でした。吃水の浅い外輪船が、水深の浅い江戸川の航行に適していました。船体は木造で、船室は上中下の3等にわかれ、床下に荷物を積みました。この第一通運丸を購入して就航させた内国通運会社は、政府の庇護のもとに全国の貨物輸送を一手に扱うまでになり、舟運にも力を入れていました。明治10年2月24日の試運転は、両国から本所竪川を通って中川に入り、新川、江戸川をのぼって利根川の大越(埼玉県加須市)までを往復したといいます。5月1日、営業を開始し、第二、第三、第四とあいついて就航しました。通運丸の出発した原発場は、当初深川の扇橋にありましたが、両国橋たもと、当時の東京市日本橋区米沢町3丁目の隅田川西岸両国橋ぎわと日本橋区蠣殻3丁目の隅田川西岸に移りました。両国橋原発場は主として上利根方面、蠣殻町原発場は主として銚子方面に向かう船が出発しています。これらの原発場から終着地まで、沿岸各地に寄航場(きこうば)があり、航路に応じて旅客や貨物を中継していました。江戸川区付近では、新川沿岸に、船堀汽船寄航場(新川南岸)、栗渡汽船寄航場(新川南岸)、三角汽船寄航場(新川北岸)、桑川汽船寄航場(新川南岸)、新川口汽船寄航場(新川北岸)がありました。
明治27年7月市川~佐倉間に鉄道が開通し、12月に市川~本所(錦糸町)間が開通しました。開業当時の駅は、本所、亀戸、市川、船橋、幕張、千葉、四街道、佐倉の8駅でした。30年6月には成東・八日市場経由で銚子まで延長され、37年に本所~両国橋間が開通して、両国~銚子間が鉄道で結ばれました。鉄道輸送網の発達に対し、航路を縮小し、運賃を値下げして対抗しましたが、時代の波には勝てず、大正8年12月17日をもって東京通船株式会社に譲り、内国通運は利根川水系の水運から手を引きました。東京通運株式会社に移った通運丸は、その後も霞ヶ浦周辺、あるいは利根川、江戸川にもその姿をとどめていたようですが、昭和2~6年頃姿を消しました。


▼明治42年と平成28年の地図を重ねたもの(新川~中川~小名木川)
荒川放水路(現在の荒川)と中川放水路(現在の中川)が開削される以前は、新川は現在よりも長く、小名木川と中川の合流地点近くで、中川とつながっていた。
この地図では二つの川と旧中川との合流地点が非常に近くにあったことが確認できる。 現在は荒川と中川の開削によって、新川は小名木川と隔てられてしまっているので、この二つの川が水路としてつながっていたことはあまり知られていないのではないかと思う。

参考文献

江戸川区教育委員会編(1993)『江戸川区の民俗4』江戸川区教育委員会.
江戸川区教育委員会編(2000)『江戸川区の史跡と名所』江戸川区教育委員会.
江戸川区教育委員会編(2008)『江戸川区の史跡と名所』江戸川区教育委員会.

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新川の河津桜の風景

▼明治42年と平成28年の地図を重ねたもの(新川~中川~小名木川)

この地図は、時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成。

▼明治42年と平成28年の地図を重ねたもの(江戸川~新川)
南北の黄色のラインは現在の環状七号線。
平成28年の地図上の右側、北から南へ垂直に流れる川は、新中川である。

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明治42年と平成28年の地図を重ねたもの(江戸川~新川)

この地図は時系列地形図閲覧サイト「今昔マップ on the web」((C)谷 謙二)により作成した。

新川 春の風景

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新川西水門近くにある火の見やぐら

火の見やぐら
【高さ五丈(15メートル)、根開き三間(五.四メートル)】
「火事と喧嘩は江戸の華」とはよく聞く言葉ですが、最初に江戸の町を襲った大火は、明暦三年(1657年)のいわゆる「振袖火事」です。
大火の翌年(1658年)に、幕府直属の定火消(じょうびけし)が設けられた際、火消屋敷の敷地内に火の見やぐらが建てられました。(四箇所)
火事を掲載するために常時上って監視し、火災のときには出火場所の方向、距離などを見定めるためのやぐらでした。やぐら上には半鐘が設置されており、これを打ち鳴らして火事を知らせました。
火の見やぐらは、高さ三丈(約九メートル)根開き二間(三.六メートル)で最も格式が高かったものを模して新川の江戸城に一番近い新川西水門広場に新川千本桜のモニュメントとして設置しました。

新川 火の見櫓

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火の見櫓の内部(下から)

新川 火の見櫓の内部

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火の見櫓(上から)

新川 火の見櫓の内部2

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火の見櫓(中川との合流地点)からの眺め(新川の東方面)

ここから東に進むと、東水門(旧江戸川)と合流する。

新川 火の見櫓からの風景

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新川西端より中川をのぞむ

新川西端より中川をのぞむ

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新川と中川の合流地点(西水門)

新川は江戸川から水を引き込み、中川に放水している。
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中川の歴史と風景

新川の西水門 荒川との合流地点

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新川の西水門 荒川との合流地点

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新川 西水門方面の眺め

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▼新川にかかる人道橋

新川にかかる人道橋

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新川沿いのつつじ

新川 春の風景

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▼桜の季節(新川三本桜)
平成26年時点において、20種、718本の桜が植えられている。

関連情報
江戸川区公式ホームページ(新川千本桜)

▼2010年頃の新川の桜
新川の西水門周辺の桜がまだ小さい頃。

画像 新川の桜

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新川 千本桜

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▼つつじの咲く季節

新川 つつじの風景

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新川さくら館

この施設は、新川の歴史を後世に伝えるとともに、お休み処や広場などを活用したイベントの開催により、新川を訪れる人々との交流を図る地域の拠点(江戸川区公式サイトより)。

新川さくら館

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新川千本桜マップ

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新川 夏の風景

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新川 夏の風景2

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新川にかかる橋

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新川にかかる橋2

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▼新川東水門(新川と旧江戸川との合流地点)
現在、船は通ることはできない。

新川 東水門

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▼新川東水門
写真の奥が旧江戸川。左から右へ流れている。

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旧江戸川の歴史と風景

新川東水門

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