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江戸川区の歴史 放水路の開削・地盤沈下・海の埋め立て

江戸川区の歴史 放水路の開削と地盤沈下による土地の消失・埋め立てによる土地の創出

歴史を語るにはさまざまな視点がある。ここでの基本視点は、水路や川の開削、地盤沈下、海の埋め立てといった”水と土地との関わり”である。
江戸城に入った徳川家康によって開削された新川に始まり、明治時代以降は荒川放水路中川放水路江戸川放水路新中川放水路の開削が行われてきた。1911年(明治44)に始まった荒川放水路の開削時には、江戸川区内の村の一部が川に沈むことになり、1,300世帯の住民が移転をすることになった。

地下水のくみ上げによる葛西沖地域の地盤沈下は明治時代から徐々にはじまり、大正期から昭和期に入ると急速に進行していき、中葛西では 1年で23センチもの沈下を観測したといわれている。これにより178haの民有地が水没した

1970年代に始まった葛西沖の埋め立てにより新たな土地が創出され、1989年には葛西臨海公園・葛西海浜公園(一部)が開園した。江戸川区の歴史を考えるうえで、「運河、放水路の開削と地盤沈下による土地の消失」「埋め立てによる土地の創出」は重要な視点であろう。

※放水路とは、河川からの洪水を防ぐために河川の途中に新しい川を分岐させ、海や他の河川などに放流する人工の水路

江戸川区の水との闘いの歴史(水害と河川改修・地盤沈下・埋め立て)

江戸時代の江戸川区(地域)

明治時代の江戸川区(地域)

大正時代の江戸川区

昭和時代の江戸川区

江戸川区の位置

江戸川区は、東京都の最東端に位置し、江戸川を境に千葉県に接し、北・西方位は葛飾区・墨田区・江東区に隣接する。南端に東京湾。
地形は平坦で、南北に約13キロメートル、東西に約8キロメートル。面積は49.09平方キロメートル。

江戸川区に関係する本・23区に関連する本

江戸川区公式サイト

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